もりいくすおのヤングレポート

しんぶんし

2022 年 3 月 11 日

読んだあとの古新聞。台所でマット代わりに敷いたり、窓ガラスの汚れをとったり、とかく「汚れ対策」に重宝してたけど、メッセージ性の強いカラー写真が多くなって、踏んづけたりとか、しにくくなりましたなあ。

2011年。吉祥寺駅前で被災。
立ち尽くす人々の画像。

●新聞、取ってないんですけどね。

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おおしごと

2022 年 3 月 10 日

大仕事の前は、グッスリ眠る(寝込む?)。
いつもの特徴。
消耗を見越した、細胞の下準備であります。

清潔第一。

●同時に
大仕事の前は、凝った掃除をする。
これもいつもの特徴。
消耗を見越した、細胞の逃避であります。

そうして今夜は徹夜します。

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かんすと

2022 年 3 月 9 日

こないだユカさんとハンバーガー食べてるとき、はたから見て「(私=くすおが仕事で)こんなの描いたらいいのに」という思いつきはないかと尋ねたら、やりたいことをやったらいいという、至極まっとうな回答をもらって、だよなあと思ったし、自分が学生から同じことを聴かれたら、同じように答えるところだが、ゆうべ、寝床に入りながら、思えば自分、取り立てていま「やりたいこと」が無いコトに気づいた。

置いとくとうれしい飲み物。

●日頃から「ご注文があれば、喜んで、命がけで取り組みます」という姿勢や意気込みではあるが、20代の頃のように「世間に一泡吹かせたい」と、自発的に誰かを出し抜くような熱意が無いのである。
なぜ、無くなったかとつらつら考えてみると、(加齢による意欲低下もあるかもだが)一番ダイレクトな回答が、忠臣蔵が好きになってからこっち、10年強の間に、やりたいことをすっかりやらせていただいたからなのだ。
大阪ローカルで尖ってた芸人が、全国区になったとたんに丸くなるのに、似ているかもしれない…。
だからたとえば、さらにもう一息、大掛かりな仕掛けで世間をアッと言わせるとか、そういう計画も結構なのだが、それをやるための消耗やストレスを考えると、とてもじゃないけど、そういうことを細胞や遺伝子が「enough」と拒否する。
そもそも、私にとって「絵」とは、自己表現のひとつであって、芸術家のように、ただただ「描きたい!」という衝動に任せて絵筆を走らせるという人とは、タイプも体力も違う。

つまり、マインドの問題ではなく企画の問題なんですな。
後日あらためて質問の仕方を変えて尋ねてみようっと。笑

(後日加筆)いやいやいや。いいこと思いついちゃったよ。

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こだわり

2022 年 3 月 8 日

すっごくいいかげんなディティールでマンガ描いてる人が、6万いいねとか1万リツイートとかされてると(ちなみにフォロワーは3万)、自分が日ごろ、いろいろこだわってるだけに、クラクラして腰が砕けそうになる。
こういう愚痴は、概して「老害」と呼ばれ、初期のYouTuberをクサす当時のテレビ制作現場のように、カビ臭いナンセンスであり、時代遅れなのはじゅうじゅう承知だし、自分もモットーを変えるつもりはサラサラ無いから、かまわなければいいのに、慣れない。ほんとうにバカバカしい気持ちになる。
知らない人を相手に「どうしてあなたの仕事は、そんなにデタラメなんですか?」とダイレクトメールを出しそうになる。

動物はかわいい御仁。

●引き合いに出すにはたいへんおこがましいんですが、手塚治虫先生が後進の作家にてきびしいことを言ってたというのは有名で、映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」のヒットを受けて「お涙頂戴の浪花節精神をぶっ潰して日本人のセンスを高めようと私はいままで頑張ってきたのに、なんたることだ!」と、お嘆きになっていたとか。
大衆のことを理解するのは難しい。。
そう。自分が否定されてるわけではないんですよね。
めげずにがんばります。

ごおんびん

2022 年 3 月 7 日

関わっている、とある方面で、去年の12月から、なかなか解決しなかったトラブルが、一応、落ち着いたようす。
ともかく、関係者各位に、感謝と労いの念。
相談に乗ってくださった皆さまに幸あれ。

根も葉もない事は怖い。

●ともかく、学んだのは、常に、事には誠実にあたっていろということ。
後ろ暗いことがナニもなければ、なににも怯える必要がない。
たしょう生活が苦しくても、正直が一番であります。

ちんぽむ

2022 年 3 月 6 日

森美術館で、アーティスト集団(<アーティスト・コレクティブと言う)Chim↑Pom(チンポム)の展覧会。
おもしろかった〜。
ふつう、こういうの飽きちゃうんだけど、存外、じっくり味わいました。

芸術家ってエネルギ−すげえ。

●スタートはイキった悪ふざけにも見える彼らが、次第に時代の潮流とともに「やらねば!」と、アートに命をかけ始める様子が面白い。
教養が追いつかないので、しばしばトラブルになるのもまた、芸術。

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おしごと

2022 年 3 月 5 日

漫画作画用のポーズ撮影。
これをやりますと、グッと絵がうまくなるのです。

空気清浄機稼働!

●やらないと、おどろくほど、絵がへたくそなのです。

くうき

2022 年 3 月 4 日

お洗濯に自宅に帰ったら、空気清浄機がありましたので、もらってきちゃった。
明日稼働しよ〜っと。

IKEAだも〜ん。

●洗濯物の乾燥しにコインランドリーに行くんですが、混んでるとき、「空いたよ。どうぞ」とジャスチャーしてくれるのは、たいがい外国人。
日本人男性の場合は老いも若きも「無言」。
や、それが当たり前なんです。見りゃあ、空いたのわかるんだから。
逆にこういうときに気さくに「空きましたよ」って言ってくる日本人男性のほうが、ちょっと引くかも(もちろん人柄にもよるのだが)。
あたしも含めて、妙に知らない人に声をかける日本人男性って、積極的にハキハキしてる日本人男性って、うん。たしかにヘンなやつが多いかも(自分も含めて)。笑

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あかぬけろ

2022 年 3 月 3 日

「習慣になって見えなくなってるガラクタ」というものがある。
壁にかけた絵や写真。テーブルの上に置きっぱなしの郵便物やチラシ。
見えないもんだから、さらに新しい素材が来ると足していってしまう。

そもそも、日本人というのは空間を埋めたがる習性があるように思える。
そこでこれを、民族的な「透明ガラクタパズル症」と命名したい。
テトリスのように、埋まった部分が消滅することはない。「見えてない」のでさらに足す。
精神疾患の人は、これが悪化して、ゴミ屋敷を作り出す。

おひなちゃま。

●…かなあ
などと、知人がSNSに上げてる、実家の老齢のご両親が焼き芋を食べてるリビングの写真を見て、思った。
透明ガラクタを可視化するには、お手持ちのカメラが有効。
スマホでカシャッとやるとあら不思議!「ウゲ!」と、思わず声が出るほどガラクタが見える。
自宅でリモート会議やる人は、おかげで部屋があるていど片付いてるはず。(少なくとも、フレーム内は)

びがく

2022 年 3 月 2 日

古い友人がSNSで、広告をシェア。(友人の友達のもの)
元の記事(わたしの知らない人)には、おおむねこうある。
「数学の先生をしていた時にね。。。教職は30くらいで辞めようと思ってた。生徒と世代ギャップが開くと思ったから。エネルギッシュな熱い教育ができなくなってしまう。まあ、そんなこんなでプロマジシャンになった。ジャパンカップとSAM でそれなりの成績を取れたらプロになろう!という縛りを作って。まさにコンテストライン叩き上げです。だから最後もジャパンカップっていうのがプロマジシャン〇〇(<筆者お名前)としての美学だと思うわけです。 そこは譲れないところなんですよね。 ということでこれが最後になると思います。皆さん来てください」
…と、こういう内容が、この倍の文字量で書かれていた。
これがいろいろわからない。

おでかけになってみては?

●ともかく、この人は教員は辞めてよかったと思う(中学か高校かは知らないが)。想像で自分に縛りを与えてる時点で、合わないと思う。
で?マジシャンになったようなのだが、なんとかカップがなんなのかもわからなければ(まぁ手品の大会なのでしょう)、「最後」「最後」て繰り返すけど、なにが最後なのかも、さっぱりわからない。
で、結局、これをシェアしてる友人も、なんの説明も書かなきゃリンクも貼ってない。

自分にとって当たり前のことを、なんにも知らない人に伝えるって、難しいと思ったわけ。