だんし
2011 年 11 月 24 日
松岡 克由さんがいなくなっちゃったのは寂しいけど、立川談志はもうけっこう前にいなくなってたですね。
ピーネスプラザさんの薦めでこっちにいらしゃるうちにライブを見ておいてよかったと思うけど、もうあの時点で「すごくハナシがうまいベテラン」ではあったけど「談志」じゃなくなってた。=すでに店じまいした美味しいお店がイレギュラーにファンのために特別に出してくれたオムレツという感じで、おいしいんだけど「いつものアレ」じゃなかった。
●それでも、それが談志の新しいスタイルであるならば、どんな芸も「談志」なんだけど、問題は体調の問題があってご本人がそうとう芸に対しての「いきごみ」が変わってきていたでしょ。そこがもう、通常営業を辞めてた印象ですよね。
故人を偲ぶために「死ぬまで芸人だった」とか「本性を崩さずにうんぬん」っていうけど、そんなに気を使わなくていいんじゃないのかな。
ンま、「好きにすりゃあいいよ。生きてるモンの勝手だそんなものぁ。」と、聞こえる。
いつか見た高座では「落語もそうだが、とにかく、ただもう喋ることが好きで好きでしようがない、だから這ってでも出てくる」って言ってましたね。すでに声もやばかったけど、ネタに入って中盤くらいからエンジンがかかってきた時の変わり様には本当に鳥肌が立ちました。勿論全盛期には遠く及ばない「ふうふう吹けばまだ燃える、なんとか火が残ってる燃え滓」状態だったでしょうが。
芸人やスター(広い意味で音楽や俳優も含めて)が亡くなった時はいつも、先代桂米團治が若き米朝に言った「芸人は、米一粒、釘一本もようつくらんくせに〜」という言葉を思い出します。
あ、しまった!
お誕生日おめでとうございました。
逆になってすんません。
そこいくと、うちらは「作ってる」こたぁ、作ってるけど。
エンターテイナーの無形文化は精神的にどれだけ栄養になってることか。
お祝いコメントありがとうございます!!
twitterで知らない人が、談志が残したCDが150枚以上、DVDも40枚以上、著作は百冊以上あるから、今からでも遅くないので追いかけろ、と言っていた。いつぞやくすおさんからいただいた談志CDをこの冬じっくり聴き直そうと思うとります。
そそ。あたしも聴けなくなるとなると聴きたくなっちゃった。
あの世代にはめずらしくDVDもずいぶん出てるんですよね。